おはようございます。
 現在現役バリバリの30代、40代、50代前半の皆様は、30年前のタクシー待ちがどのようだったかはもちろん知りませんね。
 最近は経済の上向き現象の一つとして、タクシー待ち(なかなかつかまらない)が復活して来たと言われていますが、特殊な時間、特殊な場所を除いては、まだまだ正常です。
バブルの頃の夜の街では、とにかくつかまらなかった!
 銀座、新宿、池袋の大繁華街はもちろんの事、兜町の連中が良く行く上野も例外ではありませんでした。
上野で飲んで千葉方面に帰るには、まず京成上野駅、JR上野駅の方へとぼとぼ歩くのですが、中央通りと不忍通りの交差点あたりで、酔っぱらい達は最終電車が終わった事を知ります。そこで交差点の手前あたりの路上でタクシーを待つわけですが、それを見た人は当然、その手前(車の流れの上流)で待ちます。更にそれを見た人は・・。
 上野公園野外ステージあたりまでの100メートル位、簡単に列は伸びます。でもそれ位は想像つきますね。駅前タクシー乗り場の100メートルは大変な事ですが、路上で止めるわけですから、前の人ににらまれそうだから10メートル位は手前に立ちますね。だから100メートルと言っても、10人(10グループ)位でしょうか。
 そんな感じでその列は、池之端三叉路のカーブを曲がって、流れの上流根津方面へどんどん伸びます。不忍池は長方形に近い形をしていますが、その2辺に沿って正に池を半周する列が連日出来ていました。
 大半の人はタクシーに乗れませんので、近くのビジネス・カプセルへと移動するわけですが、そこも大体満室です。仕方がないから、また飲み屋へ戻って朝まで飲むわけです。
 バブルがはじけて、当時の友人としみじみ話すのですが、「あのままバブルが続いたら俺たち間違いなく死んでたね」と言う結論にいつもなります。

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