おはようございます。
 江戸は、太田道灌時代は別として、1590年の小田原征伐の時、秀吉から家康が江戸転封を命じられてから始まります。そこから急発展するので仕方がないとは言えますが、江戸(府内)の境界線がずっと決まっていませんでした。
 幕府見解が正式に出たのは、なんと江戸後期の1818年。山手線を錦糸町あたりまで広げた感じが、正式な江戸です。これが当時としては世界一の都市で100万人が住んでいたと言われています。今と比べて森や田畑がずっと多かったので、居住空間はかなり狭かったと想像できます。
 ところがこの狭い範囲の内、85%が武家地・寺社地で、一般人(町人)は住めなかったのです。つまり山手線を少し広げた範囲のわずか15%のところ、しかも、森や田畑が多く残っている空間に、100万人が住んでいたのです。
 狭いので、現在の歩き方、手と足が逆に出る大手を振って歩くと肩がぶつかってしまいます。同じ側の足と手を同時に動かさないと歩けないのです。これを「江戸歩き」と言います。刀を差した武士の歩き方から来たとも言われますが。

 バブルの時は、銀座の歩道が江戸歩きに変わりました。
これからは皆さん、他の人の歩き方に注目していてください!
もし、歩く姿に違和感を覚えたら、バブルが始まった証拠です。


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