おはようございます。
 筆者が青春時代を過ごした50年前は、全学連の時代でした。若者たちは熱におかされたように、マルクス・レーニン主義を語り、エネルギーを国家にぶつけていました。筆者のクラスメートも、一人は爆弾製造で、一人は警官殺しで指名手配されました。1970年に立花証券に入社後、刑事さんが訪ねて来て、その二人から連絡がないかと聞かれた事があります。クラスメートと言っても第二外国語の教室で、人数も多くまったく話もしたことの無い人でしたし、1カ月もしない内に教室からいなくなり、校庭で拡声器を持って叫んでいましたから、接点はまったくないのですが、警察としては必死に探していたようです。その後捕まりました。
 そんな全学連の時代に、一線を画して全証連が存在しました。正式名は、全日本証券研究学生連盟です。中央大学に証券市場論の高名な教授がいて、そこのゼミや早稲田・慶応の証券研究部が中心に運営していましたが、スポンサーは山一証券で、連盟本部も山一本店の一室にありました。世話人は元専務で当時は既に顧問だったと思いますが、阿部康二さんでした。好々爺とした人格者で、今でも当時の姿を思い出します。筆者の大学は高崎の田舎でしたが、各大学の幹事長会等で東京に行くのが楽しみでした。全学連から見たらノンポリ集団ですが、それでも、民社党の春日一幸委員長を呼んで、革命が起きて左翼政党が政権を取ったら、証券市場はどうなるなどと言う勉強会を開いた事がありました。当時の全学連時代では、社会主義国の中国で証券市場が存在するなど考えられませんでした。証券会社の社員は強制収容所に送られるかもしれない(笑)なんて言う仲間もいました。
 
 これからの50年、証券市場はどうなって行くのでしょうか。