こんにちは。
「私は、インドシナ半島を東から西にひたすら陸路で横断する旅に出ました。スタート地点は、ベトナム南部の大都市ホーチミン。そこから自動車に乗り、国境を越えて隣国のカンボジアに向かい、」で始まる池上彰氏の日経ビジネスの特集記事ASEAN南部経済回廊1200キロの旅から遅れる事1年、しかもスタート地点ホーチミンシティーからドラゴンキングSEZ(経済特別区)までのわずか90キロのミニコースですが、行ってまいりました。
 百聞は一見にしかずとは良く言ったもので、ドラゴンキングSEZは110ヘクタールの大きさですが、行ってみると真っ平らな土地が地平線近くまで続き、アフリカのサバンナに降り立ったような感じでした。その広大な特別区に今は、日本精密株式会社と関係会社1社と異業種の日系企業1社、合計3社しか進出していません。
 ここはカンボジアスバイリエン州の中にありますが、州の人口は70万人ほどですが、日本の昔にあった大家族制で、急激に人口は増えて若い子でいっぱいです。社員の99%がこのスバイリエン州の住民で、当社が近くのお寺で250人の予定で入社説明会を開いたら、3000人の応募があったそうです。日本精密のASEANプロジェクトは単に人件費の問題では無く、人を集められるところとしてカンボジア(しかも農業従事者の多い田舎)を選んだ岡林社長の先見の明です。
 しかし、ただ企業に有利だからと言う姿勢で対応すると、中国で起きている労働問題がいずれ起きます。カンボジア人の為になる事が、日本企業の為になります。工場の中に勉強する教室が有りました。主力のベトナムホーチミン工場は、工業高校や大学を出た教育水準の高い人たち中心で動いていますが、このカンボジア工場は農家の子供たち中心で、数人の日本人と、優秀なベトナム人幹部による教育の場でもあります。50年前、金の卵と称される地方出身者が、一から修行して優秀な金型工になって日本経済を発展に導きました。日本にはもうその土俵がありません。中小企業に入って技術を習得するなどという目的を持った人は極めて少ないでしょう。正に50年前の日本がこのカンボジア工場で誕生しつつあります。カンボジア工科大学から、スキルを身につけた工学系人材を育成する為実習させてくれないかと言う話まで来ているそうです。
 カンボジア人はベトナム人程技術的能力は高く無いかもしれませんが、とても素直なので問題なく吸収出来ると思います。何よりも礼儀正しくて笑顔にとても癒されました。日本精密スタッフによる教育の為もあるでしょうが、昼食時間に大食堂に移動する従業員1200人の様子を見ていたら、走る人、前の人を追い越す人はいませんでした。
 この工場には冷房がありません。暑い国で直射日光は肌を刺しますが、木陰はびっくりするほど涼しいです。工場の天井の高さは13メートルで窓からの風は心地よいです。その涼しい窓から見下ろした先に、国内時計製造会社からの6億円で建てる工場予定地が拡がっていました。今月末地鎮祭、9月から建設が始まります。報告する事はまだたくさんありますが、今日はこの辺で。

カンボジア工場にて。
カンボジア工場の一部。説明はニッセイカンボジアの新井社長。